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逆立つ美学
吊るし人のカードは、
よく言われる「逆立ちしても〜できない」の意味を含んでいる。

拷問のよい面、などというと、
かなり悪趣味ではあるけれど。
数日間はりつけにされたあと、そのあとは自由に、という
刑による、利点とは何だろう。
がんばっても、どうやってもたどりつけないたとえとして言われているが、
その説明には拷問の歴史が抜け落ちているのは確かだ。
(このカードの隠れている意味に水がある、実際おぼれる人が描いてあるデッキもある)
じつはこれは踊りの基本、芸の基本でもある。
逆立ちして水を飲む場合、体の中は重力を無視し、
上から下へ流れずに、
下から上へと流れていくわけだが、
この現象を神秘と結びつけ、実際に吊るし人が出ると、
自分の身体に具体性が出てくることがある。
肉体的成長という意味ではstrengthのカードがその一端を担うか、
もしくは戦車などだろうか。
物質的側面で考えればコインのカードも捨てがたい意味がある。 吊るし人のカード、
ここに逆立つ美学を求めるある種の傾向の人たちがいる。
隠者にも似ているが、
自らを吊るすか、誰かに吊るされているか、では
まったく意味が違ってくるのだが、
基本的な解釈の上では、
どんな形であれ、抵抗をやめて吊るされる瞬間、
もしくは自分が誰かの力にまけてそれを受け入れたとみなすので、
結局「自らが選んだ」と決定づけてしまう。
この意味だけに縛られる占いについてはとても疑問だ。
不幸があって幸せがある、
つらいことを通して、尊いものを受け入れる、などの意味は
かつての旧い占いでもてはやされたアドバイスである。
間違ってはいないが、本当の自我の危機を目の前にしたときに、
その言葉だけでは危険思想とも言えるぐらいに危うい。
因果律、因果性 Causality に対して考慮できる幅をもつ占いを
どこかでだれかが真摯に研鑽していることがある限り、
占いは安泰である。
そしてそれは実際のところ占いである必要もないのかもしれない、とも思う。
が占いの考え方を知っている人はこの問題について常に命題として
自身に携える。
夜中や朝方または一人で過ごすカフェ、
図書館や本屋の片隅でいつもそれをくすぶらせており、
大抵は占えなくなってしまったり、占いを嫌う余生になる、
逆立ちしても答えがでないことに気がついたと
彼らは言うのだろう。
吊るされた人の愚者との親和性は、カードを考える意味において
非常に重要に思える。
←スペインのカードには人がいない。
タロットカードを選ぶと、この問題の悩みとはセットになってついてくる。
あなた方はこれをどう思われますか!
吊るし人や皇帝の足の組み方についてはまた次に書きます。
よく言われる「逆立ちしても〜できない」の意味を含んでいる。

拷問のよい面、などというと、
かなり悪趣味ではあるけれど。
数日間はりつけにされたあと、そのあとは自由に、という
刑による、利点とは何だろう。
がんばっても、どうやってもたどりつけないたとえとして言われているが、
その説明には拷問の歴史が抜け落ちているのは確かだ。
(このカードの隠れている意味に水がある、実際おぼれる人が描いてあるデッキもある)
じつはこれは踊りの基本、芸の基本でもある。
逆立ちして水を飲む場合、体の中は重力を無視し、
上から下へ流れずに、
下から上へと流れていくわけだが、
この現象を神秘と結びつけ、実際に吊るし人が出ると、
自分の身体に具体性が出てくることがある。
肉体的成長という意味ではstrengthのカードがその一端を担うか、
もしくは戦車などだろうか。
物質的側面で考えればコインのカードも捨てがたい意味がある。 吊るし人のカード、
ここに逆立つ美学を求めるある種の傾向の人たちがいる。
隠者にも似ているが、
自らを吊るすか、誰かに吊るされているか、では
まったく意味が違ってくるのだが、
基本的な解釈の上では、
どんな形であれ、抵抗をやめて吊るされる瞬間、
もしくは自分が誰かの力にまけてそれを受け入れたとみなすので、
結局「自らが選んだ」と決定づけてしまう。
この意味だけに縛られる占いについてはとても疑問だ。
不幸があって幸せがある、
つらいことを通して、尊いものを受け入れる、などの意味は
かつての旧い占いでもてはやされたアドバイスである。
間違ってはいないが、本当の自我の危機を目の前にしたときに、
その言葉だけでは危険思想とも言えるぐらいに危うい。
因果律、因果性 Causality に対して考慮できる幅をもつ占いを
どこかでだれかが真摯に研鑽していることがある限り、
占いは安泰である。
そしてそれは実際のところ占いである必要もないのかもしれない、とも思う。
が占いの考え方を知っている人はこの問題について常に命題として
自身に携える。
夜中や朝方または一人で過ごすカフェ、
図書館や本屋の片隅でいつもそれをくすぶらせており、
大抵は占えなくなってしまったり、占いを嫌う余生になる、
逆立ちしても答えがでないことに気がついたと
彼らは言うのだろう。
吊るされた人の愚者との親和性は、カードを考える意味において
非常に重要に思える。
←スペインのカードには人がいない。タロットカードを選ぶと、この問題の悩みとはセットになってついてくる。
あなた方はこれをどう思われますか!
吊るし人や皇帝の足の組み方についてはまた次に書きます。